イタズラ。





「トリック・オア・トリート!」

満面の笑みでそう言って、貴文が小さな紙袋を差し出してくる。
中を覗きこむと、そこには色とりどりの飴が入っていた。
それを数秒見つめてから、夏葵はため息をつく。
「お前、それなんか色々間違ってるだろ」
普通はそのセリフを言われた側がお菓子を与えるのではないだろうか。
それを指摘すると、相手は柔らかく微笑んだ。
「だって言ってみたかったんだ。それにほら、可愛い飴も一杯買ってきたから皆に配ろうと思って」
飴に可愛いも何もないだろうと思うのだが、貴文にとってはそうではないらしい。夏葵には全く理解出来ない感覚だ。
「一番最初に南雲にあげようと思って。はい、どうぞ」
「……まあ、もらっとく」
紙袋に手を伸ばすと、貴文は少し残念そうな顔をした。
「何だよ?」
「いや、いらないって言われたらイタズラしようと思ってたから……。飴、もらってくれて嬉しいんだけど、これはこれでちょっと残念っていうか、複雑な感じだなーと……」
「だからその理屈もなんか間違ってるだろ」
そう言いながら夏葵は笑った。何を企んでいたかは知らないが、それを阻止出来たのは少し気分がいい。
「中、見ないで選んでね。当たりが一個入ってるから」
「当たり? ……お前、適当にオレが取ったやつが当たりだって言ってイタズラするとか言い出すじゃないだろうな」
こいつは信用ならない。
そう思いながら軽く睨みつける。
「ああ、そういう手もあったんだ」
初めて気がついたと貴文は笑った。
「大丈夫、本当に当たりがあるんだ。色んな種類の飴があるけど、ちょっと特別なのが一個入ってるから」
「当たり掴んだらどうなるわけ?」
「僕と一日デートが出来ます」
クラスの王子様が爽やかにそう言い切って、こちらを伺っていた女子の何人かが悲鳴とも歓声ともつかない声を上げる。
「王子くん、私もその飴欲しい!」
「ね、ね、当たったら本当にデートしてくれる?」
女子の一人が貴文の腕に自分の腕を絡めながら、甘い声で訊いた。
「勿論。当たりを引いたらね」
その腕を解こうともせずに応える貴文を見て、夏葵の胃がちくりと痛む。何だかよくわからないが不愉快だ。
「てか、それってオレにとってはハズレじゃん」
男とデートなんて冗談じゃない。
乱暴に紙袋の中に手を突っ込んでかき混ぜる。指の感触だけで分かったのは三種類の飴だ。棒のついた物と、
小さな袋に入っている物、それと包みの両端が捻ってあるものだ。どれか一種類、違う包装の物があるのではないかと思ったが、そんなに簡単ではないらしい。
その中で一番数が少ないのは棒つきの飴だった。手に引っかかり易く、思わず掴んでしまいそうになる。
普通なら、中に残っている飴が少ないほうが当たりを掴む確率が高い。それなのに夏葵に一番に飴を取らせるということは、最初の方が当たりを掴み易いということだろう。小さな包みの飴が多い中で、棒つきの飴はいかにも取って下さいと言わんばかりだ。だから絶対にこれは取ってやらない。念入りに底の方までかき混ぜて、夏葵は小さな袋に入った飴を掴んだ。ぐっと握りしめて紙袋から手を出す。
「絶対ハズレだ」
そう宣言してから、掌を貴文に向けて開く。
夏葵の掴んだのは、透明フィルムの袋に入った金平糖だった。
その星型の飴を見た時、夏葵は嫌な予感に襲われた。
ハロウィンに金平糖? 
いや、でも一応これも飴だ。ハロウィンに配ったっておかしくはない。
それに貴文は可愛い物が好きだと公言している。金平糖は多分、可愛いカテゴリに分類されるだろう。
だからこれに意味はなくて、当たりはもっと別の物のはずだ……。
夏葵はちらりと視線を上げて目の前の相手を見る。
「ふふ、すごいね南雲。本当に当たり、ひいちゃった」
唇に蕩けるような笑みを浮かべて王子様が言う。
「う、嘘だろ……」
「嘘じゃないよ。袋の中身、見る?」
そう言って貴文は紙袋の中に残っていた飴を全て机の上に出した。出てきたのはどれも見たことのある飴だった。スーパーやコンビニで売っている、袋入りの飴。その中に金平糖はない。
「えー、南雲くん当たり引いちゃったの?」
「ずるーい」
女子が口々に不満の声を漏らす。
「ねえ、当たりの飴、私に譲って!」
その中の一人にそう言われ、夏葵はそれもアリかなと思った。女子にじゃんけんでもしてもらって、勝った子に金平糖をあげてもいいかもしれない。なんといっても夏葵にとってこれはハズレなのだし。
でも、そうしたら金平糖を手に入れた子と貴文はデートすることになるのだ。
それはそれで面白くない。
夏葵は包みを破り、五粒ほどの金平糖を一気に口の中へ入れた。
歯を立てると金平糖はほろりと砕ける。
女子からのブーイングは聞こえないことにした。
貴文の満足そうな顔も見なかったことにする。
舌の上に広がる優しい甘さに、夏葵はそっと微笑んだ――。