『流れ星きらり』01


「今夜さ、星、見に行かない?」
 期末テストも近くなった十二月のある日。大路貴文が唐突にそんなことを言い出した。
「は?」
 夏葵は眉間に皺を寄せて聞き返す。機嫌が悪いからではない。ただ単に寒いのだ。今日は特に風が強い。学校から駅まで15分の距離だが、こんな日は歩くのが辛かった。長身の大路が風よけになる分、少しはマシだったが。
「何で星?」
 こいつに天体観測の趣味があったのだろうか。そんなことを思いながら大路の顔を見た。王子様とあだ名されるくらいの整った顔立ちは、確かに星が似合う――と、言えないこともない。けれど今まで一度も星の話なんてしなかったのに、どうして急にこんなことを言い出したのだろう。
 大路は少し変わっている。男の癖にレースだとかリボンだとかいうものが好きだし、今だって通学用のカバンに拳ほどの大きさのクマのぬいぐるみをぶら下げている。それにもまして夏葵が一番変だと感じるのは男の癖に自分のことを好きだというところだ。理由を訊けば可愛いからなどというふざけたもので、しかもその可愛さが他とは違うのだと力説するような残念なヤツだ。こいつに憧れている女子が可哀想にすらなる。その残念な王子様は妙に押しが強く、どれだけ夏葵が邪険にしようと纏わりついてきた。根負けした夏葵は、今ではもう諦めている。大路が顔の割に残念なヤツなのは仕方ない。好きだと言われたことは、考えないようにした。突拍子もないことを言い出したり、変なところで頑固だったり、意外と我儘だったりするが、根は悪いヤツじゃない――たぶん。
「流星群だよ、流星群っ!」
 何故か腕を大きく振り回して、嬉しそうに大路が言う。手が体に当たって夏葵は顔を顰めた。
「痛っ」
「あ、ごめん」
 残念な王子様は興奮すると行動がガサツになる。
「りゅーせーぐんねえ……」
 マフラーに顔を埋めてその言葉を繰り返した。あまり興味がない。
「今年は数年に一度の当たり年なんだって。僕、流れ星って見たことないからさ。南雲はある?」
「いや……ないけど」
 ――流れ星か。
 普段、夜空を眺めることなんて殆ど無い。見たとしても流れ星を見られる確率なんてとても低いだろう。『流星群』という言葉には興味を持てなかったのに、『流れ星』なら少し見たいという気持ちになった。同じ物のはずなのに、変だなと思う。
「どこまで見に行くんだよ?」
 あまり遠くまで行けないぞと釘を刺す。
「ここだよ」
「ここ?」
 聞き返した夏葵に、大路は悪戯っぽく笑う。
「学校の、屋上」
「あー、屋上ね」
 夏葵たちの学校は山の上にあった。駅前まで行かないとコンビニすらない不便な場所だ。周りにあるのは団地くらいのもので、それも学校より低い位置にある。だから屋上に登れば、視界を遮るものは何もないだろうと容易に想像出来た。山の上だから空気も澄んでいるし、星を見るにはいいかもしれない。今日だけ流星群の為に夜間も学校を開けているのだろう。先生も大変だ。
「それ、何時くらいから見られるんだ?」
 あんまり夜遅いと兄たちが心配する。
「八時くらいから見られるみたいだけど、数が多くなってくるのは十時くらいだって」
「十時か……」
 その時間から見始めたのなら、家に帰るのは日付が変わる頃だろうか。さすがに許可してもらえないだろう。
「あ、帰りの心配ならしなくていいよ。見終わったら学校までお母さんが車で迎えに来てくれるって。それでそのまま南雲の家まで送って行くし」
「んー、それならまあ……」
 行き先は学校だし、帰りも大路の親が送ってくれるというのなら、兄たちも安心してくれるだろう。
「行ってもいいかな」



「――なんて、言うんじゃなかった……」
 午後九時過ぎ。校門の前で大路を待ちながら、夏葵は大いに後悔していた。ダウンジャケットを着ていても、夜の寒さに凍えそうだ。学校の中に入れればいいのだが、何故か校門は閉まっている。校舎の中に人の気配もない。
「どうなってんだよ……ったく」
 強い風に身を竦めた時、こちらに向かって走ってくる人影が見えた。
「南雲、ごめんね。待たせて」
 大路は大きなスポーツバッグを持ってきていた。
「色々準備してたら、遅くなっちゃった」
「ごめんねじゃねーよ、すっげえ寒かったし。何か学校の中、入れねーし。で、その荷物何?」
「あ、これね。あると便利かなって思って色々持ってきたんだ。じゃ、行こうか」
 そう言うと大路は校門を西側へ歩いていく。
「え、ちょ……どこ行くんだよ」
「正門はさすがに高すぎて乗り越えられないからさ、教員用の通用口から行こう」
「は? おい、ちょっと待てって」
 乗り越えるとは何だ。正規の方法で入れない観測会なんてないだろう。
 王子様は時に大胆だ。しかも方向性が間違っている。
 大路は植え込みに登ると、そこから通用口の扉を乗り越えて内側から鍵を開けた。
「はい、どうぞ」
 にっこりと笑う大路に、夏葵は呆れるばかりだ。
「どうぞじゃねえだろ……」
 誰かに見つかったらどう言い訳をするつもりなんだ。
「おい、校門が開いてないってことは……どうやって屋上まで上がるんだよ」
「大丈夫、任せて」
 任せたくない。けれどここで帰ってしまえば、何のために寒い中待っていたのか分からない。それにこの状況に……少しだけワクワクしていた。
「こっちこっち」
 連れて来られたのは校舎の西側だった。
「ここの窓さ、鍵壊れてるんだ。ここから中に入れるよ」
 大路は窓に手を掛けるとガタガタと揺らし始める。夏葵はその大きな音で誰かに気づかれはしないかとヒヤヒヤした。
「一応さ、鍵は掛かってるんだけど……こうやって揺らしてると外れるんだ――ほら、ね?」
 からからと軽い音を立てて窓が開く。
「どうなってるんだよ、うちの学校のセキュリティは……」
 このご時世、こんなにも簡単に侵入させていいのだろうか。
「公立は予算が厳しいんじゃないかな。正門の所の監視カメラもダミーだし」
 大路は窓枠に手を掛けると軽々と校舎内に入った。
「ほら、南雲も」
 差し伸べられた手を払う。馬鹿にするなと夏葵は唇を曲げる。窓枠によじ登るくらい大路の手を借りなくても出来る。勢い良く窓から室内に飛び降りて、着地した瞬間の音の大きさにびっくりした。冷えた空気をびりりと震わせて、音が走る。夏葵は思わず息を止めた。そうすることで音の広がりが止まるような気がしたからだ。
「大丈夫だよ」
 大路がくすりと笑う。