『王子様の好きなもの』01


王子様の好きなもの

世の中が全部可愛いもので埋め尽くされてしまえばいい。

大路貴文は物心ついた時からずっとそう思っていた。
子供の頃から戦隊物のアニメより、女の子が魔法で変身するようなアニメの方が好きだった。ずっと気に入って使っていたブランケットはピンクの水玉模様。それは本来姉の物だったのだが、貴文が駄々をこねて無理やり自分の物にしたらしい。幼い時のことなので記憶にはないが、自分の性格上そうするだろうとは思う。
小さくてふわふわした縫いぐるみ。キラキラと光を反射するビー玉。淡い色の水玉模様。繊細なレースの飾り。
生クリームのたっぷり乗ったショートケーキ。その上の真っ赤なイチゴ。アイスクリームの上にかけられた色とりどりのチョコスプレー。
それらは全て貴文の大好きな、可愛いものだった。

そんな貴文が、今一番気に入っているのは隣の席の子だ。
もっとも、初日にやらかした大失態の所為で彼には随分嫌われているみたいだったが。
『可愛い』と言ってしまったことがその原因らしかったが、他に何と言えばよかったのだろう。だって、目がキラキラと輝いていて、まるでビー玉みたいだったのだ。それに、可愛いと言われたことに腹を立てた彼は、もっともっと可愛くなった。顔を真赤にして怒って、自分を睨みつけてくる。その目が、それまでよりもさらに輝いて見えたのだ。
ドキドキした。その胸の高鳴りは、アンティークショップで繊細な古レースを見つけた時や、ゲームセンターのプライズマシーンで特大のぬいぐるみを手に入れた時に少し似ていたかもしれない。
その隣りの席の子の名前は、南雲夏葵という。

「だぁからっ! 何でついてくんだよ!」
貴文は今まさに、その夏葵に怒鳴られていた。彼の怒りをかうのは毎日のことだったし、怒鳴られても特に気にはならない。
「だって、僕も駅まで行くし。駅まで行く道はこれしかないし」
苛立たしげに眉を顰める夏葵はやっぱり可愛い。本人は無意識だろうが少し唇を尖らせているところも、小さい子供みたいで微笑ましかった。
「隣を歩くなって言ってんの。まるで一緒に帰ってるみたいだろうが」
「一緒に帰っちゃダメなの?」
「いいか、俺はな、お前と一緒に帰りたくないの!」
貴文を振り切ろうとしてか、夏葵が歩く速度を早める。しかし小柄な夏葵が足を早めたところで、貴文はすぐ追いついてしまった。それが余計に気に食わないらしい。
「南雲は僕のこと嫌いなの?」
「嫌い」
即答されて苦笑する。
「どうして? 可愛いって言ったから? ひどいな。僕はこんなに好きなのに」
横から顔を覗きこんでそう言うと、夏葵はますます嫌そうな顔をした。
「そういうことは女子に言ってやれよ、王子様」
「僕その呼び方、あんまり好きじゃないんだけどなあ」
王子様、というのは貴文のあだ名だ。苗字の「大路」から「王子」となったらしい。
女の子はどういう訳か、貴文のことを「王子様」扱いしたがる。中学の時からそうだった。高校に入ればそんな子供っぽいあだ名も無くなるかと思ったのだが、入学して一週間もしないうちにそのあだ名が定着してしまった。名前だけならまだいい。厄介なのは彼女たちが貴文のことを本当に物語の中の王子様のような存在だと思っているところだ。
優しくて、勉強が出来て、スポーツも得意。紳士的で、面倒見もいい。
――なんて、笑ってしまう。
貴文はそんな完璧な王子様じゃない。真面目に授業を聞くのは教師に目をつけられたくないからだし、スポーツもそれほど得意ではない。優しいというのも少し違う。貴文が優しく見えるのは、他人には親切にしておいて良い人だと思われていた方が得だと考えているからだ。そんな打算めいたことを考える王子様なんてどこにいるだろう。結局、貴文のことを『王子様』という人は貴文の外側しか見ていないのだ。そしてその外側に自分たちのイメージに合った額縁をつけようとする。それが『王子様』だ。勿論、彼女たちに悪気がないことは分かっている。けれどそれが余り気分の良いものでもないことも確かだ。
「ねえ、南雲は僕のどこが嫌いなの?」
「全部」
取り付く島もないとはこのことだ。もう夏葵は貴文の方を見ようともしない。眉は顰めたまま、前を睨みつけて歩いている。
「えー、それだと困るよ」
「困んねえだろ、別に」
「僕、南雲に僕のこと好きになってもらいたいんだけど」
怒った顔もキラキラして可愛いけれど、笑顔ももっと見てみたい。自分にだけ向けられる笑顔がいい。ただ、今のままではそれは不可能に思えた。夏葵が自分に微笑んでくれるところなど想像も出来ない。
だからこそ、余計に見てみたかった。手に入れるのが困難なものほど欲しくなってしまう。
「嫌なところあるなら直すからさ、言ってよ」
「じゃあ言うけどな!」
夏葵は立ち止まり、貴文の目をきつく睨みつけてくる。しかしそのきつい視線も貴文には嬉しいだけだった。
「人をぬいぐるみ扱いすんなってことだよ! 可愛いとか、マジでむかつく。それに俺のこと知りもしない癖に、好きとか言われても迷惑なんだからな!」
一息でそれだけを言い切ると夏葵は貴文をおいて走りだした。駅までの長い下り坂を全速力で駆けていく。夏葵の後ろ姿が小さくなっていくのを、貴文はただ見送ることしか出来なかった。
「……何か、結構ショックかも」
言えと言ったのは自分だ。きついことを言われるだろうとは覚悟していたし、それを受け止めて改善しようという意思もあった。ショックなのは、貴文が夏葵をぬいぐるみのように扱っていると思われていたことだ。
貴文を『王子様』という額縁に入れたがる女の子たちのように。
自分も夏葵のことを『ぬいぐるみ』という額縁に入れようとしていると思われていたのだろうか。
「そんなつもり、なかったんだけどなぁ」
けれど夏葵がそう感じたということは事実だ。悪気がなくてもそれが不快だということは、貴文自身がよく分かっている。
どう言えば、彼に伝えられるだろうか。夏葵はぬいぐるみでもアンティークレースでもない。確かに夏葵に感じる胸の高鳴りは、それらを手にした時と似ていた。似ているけれど、違う。もっとずっと特別なのだということを、伝えたかった――。