『花火』02

 持ち歩きがしやすくて腹にたまりやすいという理由で焼きそばを買って、大路に急かされるように臨海公園を出る。そして歩きだした方向を見て、夏葵は首を傾げた。
「なあ、なんで山の方行くわけ?」
 花火は湾の内側の海上で打ち上げられる。だから沿岸の一帯に観覧席が設けられていた。人気なのは花火をより近くで見られる突堤の部分で、特に打ち上げの真正面に当たる第二、第三突堤は有料席があるくらいだ。女子たちに大路が空いているらしいと教えた第四突堤は、湾の東端にあって少し角度が悪い。だから他と比べて多少空いているのだろう。
 穴場というからには突堤ではないだろうとは思っていたが、まさか山に向かって歩くとは思っていなかった。
「ちょっと登らないといけないんだ」
 海に向う人の流れに逆らって歩くのはいつも以上に時間がかかる。人にぶつかりそうになりながら、夏葵は必死で大路の後を追った。
「どこまで行くんだよ。教えろって」
「うーん、どうしようかな」
 少しこちらを振り返って、いたずらっぽく大路が笑う。
「オレ、最近思うんだけど、お前結構性格悪いよな」
「あはは、僕は王子さまじゃないっていつも言ってるじゃない」
 駅を越えてさらに山側に歩くと、さすがに人の波も途絶えた。相変わらず大路は行き先を教えてくれない。何度も訊けば自分がとても行き先を気にしている風に思われる気がして、夏葵はもう聞く気が失せていた。
「はい、後はここを登るだけ」
 大路が指したのは山なのか丘なのか森なのか分からない――。とにかく急な斜面に急な角度で作られた、細くて狭くて長い石段だった。
「げっ、マジで……。つかここ、何」
「ほら駅の北側にさ大きな神社あるじゃない? あそこの神社の関連の何かの社? なのかな? そんな感じの何かが祀られてるんだ、上に」
「勝手に入っていいのかよ……」
「許可制の神社なんてあるの?」
 不思議そうに言って、大路は石段を登り始める。
「そういう意味じゃねえよ」
 文句を言いながらも夏葵もそれに続いた。温い風が首筋を通り過ぎて行く。昼間はうるさいくらいの蝉の声も今は聞こえなかった。
「ほら、南雲。早く早く」
 一足先に階段を上り終えた大路が振り返って手招きする。
「うるせーよ……っと。なんだ結構上は開けてるんだな」
 大路の言った通り、小さな社がある以外は何もない。ただの広い空間だった。いや、細長いベンチがいくつかある。そこに腰を掛ければ、ビルの向こうに海が見えた。打ち上げ会場のほぼ正面だ。花火を間近で見る迫力には劣るかもしれないが、十分綺麗に見えそうだった。
「ね、穴場でしょう」
 胸を反らして得意げに大路が言う。
「まあ、人だらけの会場よりかはいいかもな」
 眺めもいいし、気持ちがいい。
 夏葵はベンチに座って焼きそばを取り出した。花火の打ち上げまでにはまだ時間がある。まずは腹ごしらえだ。大路も隣に座って、たこ焼きを食べ始めた。
「あー……そういえばさ、夏休みの宿題どこまで終わった?」
 急に会話がなくなって、居心地が悪くなった。それは大路も同じだったらしい。どこかほっとしたような表情を見せながら、「もうほとんど終わった。南雲は?」と訊いてくる。
「オレ、英語と現代文と家庭科がまだ」
「結構残ってるね……」
「いいんだよ、英語と現代文は。家庭科がムリ! マジでムリ!」
 夏葵は大きなため息をついた。
「赤ちゃんが喜びそうなものを作ってきましょう、って曖昧すぎるんだよあの先生。だいたい赤ちゃんって何歳までが赤ちゃんなわけ? 何がこれからはイクメンの時代ですから、だよ。ホント意味わかんない。お前、何作ったの?」
 簡単そうなやつなら真似してやろう。
 そんな軽い気持ちで尋ねたことを、夏葵はすぐに後悔する。
「僕はぬいぐるみ作ったんだけど。最初、小さいクマを作ったんだ。でもひとりじゃ可哀想だと思って友達を作ってあげて、それから服を着ていないのが可哀想になってきて――」
 服を作った後に親も作って、今度は家がないことが不憫になり家まで作り、そうしたら家具もないとおかしいだろうということで家具まで作ったらしい。
「さすがに食器は作れなかったから人形用の食器を買ったんだけど」
 明らかにやり過ぎなのに、本人は気づいていないらしい。
「お前さ、これ……凄いけど」
 スマートフォンに保存してあった写真を見て、夏葵は苦笑する。
「これさ、この小さすぎる食器とか、家具とか? 赤ちゃん、口に入れちゃうんじゃないの? 危なくねーの?」
 そう問いかけると、大路はぽかんと口を開けた。瞬きを二回。スマートフォンの画像をじっと凝視して、それから頭を抱えた。
「そこ……気づいてなかった……」
 がっくりと項垂れる王子さまに向かって、夏葵は爆笑する。
「そう落ち込むなって。クマの家族だけ提出したらいいじゃん。それだけでも十分出来がいいんだしさ」
 散々笑った後だが、一応フォローは入れてやる。
「うん……そうだね」
 大路は力なく笑ってから、「そういえば」と夏葵を見た。
「南雲、キモいって言わないんだね。僕がクマのぬいぐるみを作っても」
「は? 何それ。お前、そういうの好きじゃん」
「あ、いや……そうなんだけど。男がぬいぐるみ作るのって、南雲なら真っ先にキモいって言いそうだから」
「アホか」
 普段ならここで蹴りの一発でも食らわしてやるところだが、浴衣が汚れたら少し可哀想だなと思って耐えてやる。その代わり思いっきりしかめっ面をしてやった。
「オレ、お前の趣味に一回だってキモいって言ったことないぞ」
 キモいのはだいたいが行動の方だ。
「南雲、ごめん……。僕、少し勘違いしていたみたいで」
 大路は何故か感動しているらしい。
 ああ、このパターンは面倒くさいやつだ。
 そう思ったと同時に大路が抱きつこうとしてくる。咄嗟に伸ばした手は大路の顔面にヒットした。そのまま抱きつかれないように大路の体を押し返す。
「そういうのが、キモいって……言ってんだ」
「ひどい」
「ひどくねーよ。てかそろそろ花火――」
 始まるんじゃないのか、と言いかけた時。
 ドン、ドンと大きな音が海から響いて来た。慌てて空に目をやると大輪の花。
「おお、すごい」
「すごいね」
 今年は開始早々連続で花火が上がっている。花火が消える前に次の花火が咲いて、空に隙間がないくらいだ。
 特に綺麗だと思ったのは、散る間際に火花の一つ一つがキラキラと輝く花火だった。青、赤、緑。光が重なって滲んで消えていく。
「来てよかったでしょ?」
 花火から目を離せないまま、夏葵は頷いた。きっと今、大路は満足そうに笑っているのに違いない。
「来年もここで見ようぜ」
 するりとそんな言葉が口をついて出てくる。
 あれ? おかしいな。
 まるでこれじゃあ、来年もこいつとここに来るみたいじゃないか。
 冗談じゃない。
 ホント、冗談じゃないんだけど。
「うん、そうだね!」
 あんまりにも大路が嬉しそうに返事をするので、夏葵は単純なヤツめと笑った。そして、まあいいかと考える。確かにこの場所は特等席だ。教えてくれたのは大路だし、ここに来る権利は大路にもある。

 だからただ、本当にそれだけのことなんだ――。