『花火』01

『花火行かない?』
 夏休みも半分ほどが過ぎた頃、王子様からそんなメッセージが届いた。
『いつ?』
 スナック菓子を食べながら、片手で短い言葉を打つ。
『今日』
「今日〜?」
 スマートフォンに向かって渋面を作ってから、夏葵はカレンダーを見た。
「ああ、そっか。今日海上花火大会か」
 どうするかなあ、と考えていたところに立て続けにメッセージが入る。
『今年は一万五千発だって!』
『僕、穴場を教えてもらったんだ』
『行こうよ! 屋台もいっぱい出てるよ』
「食い物に釣られると思ってるのかよ……」
 苦笑しながら返信する。
『何時に待ち合わせ?』



 花火大会の会場の最寄り駅は、ひどい混雑だった。改札を出たところで夏葵はげんなりとする。時刻は午後六時。花火の開始まで二時間もある。花火は綺麗だと思うし、屋台も好きだけど、人混みだけは好きになれない。混雑を少しでも避けようと、隅っこの方で大路を待つことにした。改札脇の旅行パンフレットを置いてある棚の前にいる。そうメッセージを送ろうとした時、声を掛けられた。
「南雲、ごめんね。待たせた?」
「ああ、いや。さっき来たとこ――」
 返事をしながら目線を上げて相手の姿を見た途端、夏葵は先の言葉が言えなくなった。
「どうこれ? 変じゃない?」
 浴衣姿の王子様が微笑む。
 紺地に細い白のラインの入った浴衣だが、ところどころに魚の絵が入れてあった。それが鯉なのか鯛なのか金魚なのか、夏葵には分からない。けれどこの魚が可愛いと思って買ったのだろうということはすぐに分かった。
「いいんじゃない?」
 あんまり褒めるのは癪なので、適当な返事をした。それでも大路は嬉しそうに笑う。
「この鯉が可愛いよね」
「そーだな」
 鯉だったらしい。
「来年は南雲も浴衣着る?」
「嫌だよ、着方わかんねーし。浴衣もってねーし。つか、早く行こうぜ。腹減った」
 それに駅前は人の流れが滞っているから、馬鹿みたいに蒸し暑い。さっさとこの場から離れたかった。
「そうだね。じゃあとりあえず臨海公園の方に行く? 街中屋台だらけだけど、あそこが一番集まってると思うな」
「うん、そうだな」
 駅から出ても、人は多かった。しかし流れがある分、少しは涼しく感じられる。夕方になって微かに風も出てきたみたいだ。
 臨海公園には海に沿って長い煉瓦道がある。今日はそこにずらりと屋台が並んでいた。焼きそば、たこ焼き、焼きイカ、焼きとうもろこし。定番の屋台もあれば、ケバブやターキーといった変わりダネもある。
「なあ、金魚すくいはわかるけどさ、亀すくいってなんだあれ」
 フランクフルトを齧りながら、目についた屋台を冷やかす。
「小さい亀だったねー。でもあの亀、あんなポイですくえるのかな?」
「いや無理だろ。あれ絶対詐欺だぞ」
 笑いながら歩いていると、前方から見知った顔が歩いてくる。相手もすぐに自分たちに気づいたようだ。いや、目に止まったのは大路の方だけか。
「やだー王子くんじゃん!」
「わー、浴衣カッコいいね」
「ねえねえ、屋台一緒に見て回ろうよ」
 クラスの女子グループの中でも特別うるさい三人組だ。きゃあきゃあと騒ぐ相手に、王子様はいちいち優しく対応してやっている。
 その髪飾り、可愛いね。浴衣、似合ってるね。そのピアス、大人っぽいね。
 うんざりする。
「ねえ、王子くんも一緒に花火見ようよ。南雲も一緒でいいよ」
 やっとこっちを見たかと思えばついでのように扱われた。
 ――別にいいけど。
 どうせこいつは、へらへら笑って「じゃあ南雲、皆で見ようか」とか言い出すんだろう。別に二人だけで見たいってわけじゃないし、人数が多いほうが盛り上がるだろうし、全然構わないけど。
「あ、ごめん。それはまた今度ね」
 夏葵の予想に反して、王子さまは爽やかな笑顔で断った。
今度っていつだよ。もう今年は花火大会ないだろと心の中で突っ込む。
「席はもう取ってるの? 第四突堤の方が少し空いてるみたいだよ。それじゃあ、また学校でね」
 取り付く島もないとはこういう時に使う言葉だろう。夏葵は女子たちが少しだけ可哀想になった。
「あ、そうだ南雲、買いたい食べ物があったら、全部今のうちに買っちゃって?」
「全部?」
 ぶらぶら屋台を見ながら気が向いたものや面白そうなものを食べるのがいいのに。一気に買ったのでは面白く無い。
「花火、穴場があるって言っただろ? ちょっと遠いからさ。あそこは屋台もないし。まだお腹が空いてるんだったら買いたいやつ買って持って行こう」
「もう移動すんの? 早くないか? 花火、八時からだろ?」
 まだ六時半だ。
「うん、でもその穴場がちょっと遠いからさ。もうそろそろ移動しないといけないかも」